さいたま市 新築のステップを活かして
過去のトレンド像は、資産価格の上昇も(バブル以前の)過去のトレンド上にあることを前提としている。
つまり、資産価格の上昇率が過去のトレンド上にあれば、もうここで企業の借金返済は止まるはずだということである。
残念なことに現実の資産価格は過去のトレンドを大幅に下回って下がってしまっている。
実際に一部の資産価格は八○年代前半の水準にまで戻ってしまっている。
そうなると有利子負債残高が過去のトレンド像に戻っても、資産価格の前提が違っているので、そこで企業の借金返済が止まるとは言い難い。
そこで私はいくつかのシミュレーションを試みて、どの程度まで借金の額を減らすことができれば人々は安心するかというのを見たが、前著でも示した通り、それが達成されるのはだいたい二○○三年ぐらいではないかと感じている。
企業と個人のこれまでの財務内容と過去のトレンドの飛離幅を見てみると、それを埋めるのに一九九七年のデータを使うと五・八倍、つまり五・八年かかるという計算になる。
一九九七年に五・八年を足せば二○○三年。
したがってだいたい一一○○三年ぐらいで、バランスシートは、過去の我々が知っているような状態に戻っていくのではないか(試算の詳細は拙著「良い財政赤字悪い財政赤字」九三〜九九ページ参照)。
そうなってくれば、企業もだいぶ安心して借金返済最優先という世界から、もう少しノーマルな世界に戻っていくのではないかと思われる。今のような状況で、逆に政府が財政支出を切ったらどうなるか。
そうした状況をかいま見る機会が一九九七年にあった。
当時のH首相は財政再建を打ち出して、消費税アップ、特別減税の廃止、社会保障負担費アップ、大型補正予算の見送りと、一気に一五兆円の財政支出を減らそうとした。
それで日本経済はどうなったかというと、あっという間に五期連続マイナス成長という、大変なメルトダウン状態に陥ってしまったのである。
このことは、それまでの財政がいかに効いていたかを図らずも示した。
財政が効いていなかただし、この間はきちんと財政で景気の下支えをしなければならない。
今のK政権のように、景気や株価の低迷は「痛み」の一部だから、そのようなことで一喜一憂しないとのんびりかまえていると、傷口はさらに大きくなり、その分バランスシートの回復時期は遅れることになる。
実際にK政権誕生以来、株式だけで一○○兆円の時価総額が失われたことを考えると、回復期はすでに前述の二○○三年を大幅に超えてしまっている可能性があるのである。
本来ならまだ安静にして回復を待たなければならない患者を、むりやりマラソンの練習に引っ張り出せば、その患者の回復は大幅に遅れることになるのと同じことを今のK政権はやろうとしているのである。
翌年九八年六月には財政政策を反転させ、その路線がO政権、森政権に継承されたがために、日本経済はどうにか安定を取り戻したのである。
この一事を見ても、財政はいま非常に重要な役割を担っていて、これを安易に切るとかえって事態は悪化してしまうということがわかる。
Fの失政の後を承けて次の大統領に就任したルーズベルトは、一九三三年から積極財政に転じて経済の建て直しに入った。
世に名高い「ニューディール政策」である。
この政策はかなりの成果を生んだのだが、そのルーズベルトも四年後の一九三七年には、景気は充分回復したと判断を誤り、財政再建に走ってしまう。
そして財政再建が始まると、あっという間に米国経済は崩壊し、株価は再び半分に、鉱工業生産は三割落ち込み、失業率は急増という非常事態になってしまった。
一九九七年に第二次H内閣がバランスシート不況の真っ只中で財政再建に走ってしまったのとまったく同じ間違いを、六○年前のルーズベルトは犯していたのである。
そこでルーズベルトは慌てて財政政策を元に戻すが、再び開いてしまった傷口を元に戻すには大変な時間とエネルギーが必要となった。
結局、米国経済の本格的な回復は、一九四一年の真珠湾攻撃に始まった太平洋戦争によって、政府がそれまでの何倍もの積極財政を展開するまで待たなければならなかったのである。
私が一九九七年の二月、つまりH内閣が財政再建に走る前に、『週刊T経済』誌で財政再建の危険性を指摘できたのは、こうした米国の経験を知っていたからであり、藤田茂氏と書いた当時の論文は、一九三七年のルーズベルトの失敗をもとに書いたものだった。
日本には大蔵省のOBを中心に大変な数の財政再建論者がいる。
彼らは財政再建を大声で言い続けないと、本省から次の天下り先を用意してもらえないのかと思うくらい、経済実態と関係なく財政再建を訴える。
しかし、H総理が財政再建をやろうとした一九九七年当時、減らそうとした財政赤字は二二兆円だった。
一九九六年度の二二兆円の財政赤字を見て、これは大きすぎるから減らそうと言って、H総理は果敢に財政再建に取り組んだのである。
その結果はどうだったか。
経済は大混乱をきたし、税収は激減して、一九九九年の財政赤字は三七兆円巧にまで膨らんでしまったのである。
二一一兆円の財政赤字を減らそうと消費税を上げ、社会保障ここまでは、バランスシート不況下で財政再建をやろうとすることがいかに無謀であるかを説明してきたが、この考え方はK政権の「構造改革なしに景気回復なし」というスタンスと正面から対立することになる。
実際に、私がコラム(「経済を見る眼」)を書いている「週刊T経済』(二○○一年五月一九日号)の「読者の欄」に、「不良債権処理なしに日本経済の回復はありえない」という竹中氏と、「合成の誤謬から発生する需要不足が不況の主因」とする私の意見のどちらが正しいのか、もっと議論があるべきだという指摘があった。
負担費を上げ、特別減税を廃止し、大型補正予算を見送ったにもかかわらず、その二年後に実際の財政赤字は三七兆円にまで増えてしまったのである。
当時の「痛み」や「犠牲」は結局、経済の傷口を広げただけで、景気回復にも財政再建にも何一つ貢献しなかったのである。
今のようなバランスシート不況下で財政再建をやろうとすると、日本経済は前述の悪循環に陥り、景気は加速度的に悪化して金融はメルトダウン状態に陥り、かえって財政赤字は増えてしまうのである。
バランスシート不況時には、財政による景気下支えは安易に切るべきではないのである。
米国では一九二九年に株のバブルがはじけ、大恐慌へ向けて景気が悪化していくが、当時のF大統領は、前述のように銀行や企業が次々と潰れていくのを経営者の自己責任問題だとして静観するだけで、積極的に財政を投じて景気を下支えしようとはしなかった。
今流に言えば、F大統領はまさに構造改革論者だったのである。
その背景には、彼の財務長官だったアンドリュー・メロン氏の次のような主張があったからである。
「労働者、株式、農民それに不動産を清算すべきだ……体制から腐敗を一掃すれば価格は適正になり、企業家が瓦喋の中から再建に乗り出すだろう」(N工業新聞)私としては、この深刻なバランスシート不況時に「はじめに構造改革ありき」を主張するのは、景気をさらに悪化させかねない、極めて危険な政策であると考えている。
私がそう考えている背景には、二つのポイントがある。
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